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福岡地方裁判所小倉支部 昭和51年(ワ)947号 判決 1979年3月14日

原告

田中福次

被告

吉久美起子

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(請求の趣旨)

一  被告は原告に対し、金六、九〇五、七四七円及びこれに対する昭和五一年一二月一六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  仮執行の宣言

(請求の趣旨に対する答弁)

一  主文同旨

二  敗訴のときは担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

(請求原因)

一  原告は、次の交通事故により受傷した。

(一) 日時 昭和四九年一月一五日午後二時一五分頃

(二) 場所 遠賀郡芦屋町正門町交差点

(三) 事故の態様 原告は、自動二輪車を運転して北方側より本件交差点に至り、これを左折進行中、西方より東方(自衛隊方面から遠賀川方面)に向け疾走して来た被告運転の軽自動車に追突されて転倒し後記のとおり受傷した。

(四) 受傷 右事故により、原告は、外傷性脳震とう症、頭部挫傷、右下腿挫傷、両下肢挫傷、腰部、胸部挫傷の傷害をうけ、更にこれに起因して外傷性膝関節炎に罹患した。

二  原告が、右日時場所において、左折進行した際の、本件交差点の信号は、原告進行方向が青色であり、被告進行方向は赤色であつたのに、被告は、自動車運転者が遵守すべき基本義務である信号遵守の義務に違反して、これを無視し前記軽自動車を運転した過失により、本件事故を惹起したものであり、且つ右軽自動車を自己のために運行の用に供する者であるから、自動車損害賠償保障法三条本文により、原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。

三  原告の、本件事故による損害は次のとおりである。

(一) 治療費 金一、四〇七、八三〇円

1 塩田医院(昭和四九年一月一五日から同月二三日まで入院) 一六一、八八〇円

2 渡辺外科医院(昭和四九年一月二三日から同年五月一四日まで入院、昭和四九年五月一六日から現在に至るまで通院) 一、二四五、九五〇円

(二) 入院中雑費 金六〇、〇〇〇円

入院一日あたり五〇〇円として、入院期間一二〇日分六〇、〇〇〇円。

(三) 入院中附添費 金一八、〇〇〇円

一日二、〇〇〇円として、塩田医院入院中の九日分。

(四) 通院交通費 金一二七、〇六〇円

昭和四九年中 五二、六六〇円

同五〇年中 四四、九六〇円

同五一年中 二九、四四〇円

(五) 休業損失 金四、三三五、六〇〇円

原告は本件受傷のため、昭和四九年一月一五日から同五二年一月一四日まで満三ケ年全く就労することが出来なかつたところ、昭和四九年賃金センサス男子労働者学歴計の満六五歳以上の現金給与額は一ケ月九八、三〇〇円、特別給与は一年間二六五、六〇〇円であるから、これを基準として原告の休業損失を算出すると、次の算式により金四、三三五、六〇〇円となる。

九八、三〇〇円×一二×三+二六五、六〇〇円×三=四、三三五、六〇〇円

(六) 慰謝料 金一、五〇〇、〇〇〇円

原告は、受傷以来一二〇日間入院、九七五日間通院治療を続けたが未だに完治に至らない状況であり、その精神的肉体的苦痛は甚大であり、なお今後の逸失利益(別に請求をしていない)の点も考慮すると、その慰謝料は一、五〇〇、〇〇〇円を下ることはない。

(七) 以上(一)乃至(六)の合計七、四四八、四九〇円が本件事故によつて原告に生じた損害であるが、渡辺外科医院の治療費のうち一、二四二、七四三円(内訳自賠責より八〇〇、〇〇〇円、国民保険老人医療より四四二、七四三円)の弁済をうけたので、現存損害は六、二〇五、七四七円である。

(八) 弁護士費用 七〇〇、〇〇〇円

原告は、被告に対し本件損害賠償の請求をするも、これに応じないので、やむなく本件訴訟提起に至つたが、その弁護士に対する手数料、報酬のうち少なくとも金七〇〇、〇〇〇円は被告に負担せしむべきである。

四  以上により、前記の(七)(八)の合計金六、九〇五、七四七円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和五一年一二月一六日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(請求原因に対する答弁)

一  請求原因一項について。

事故の日時・場所・事故に因る受傷の部位病名は認める。ただし末尾外傷性膝関節炎につきその外傷性の点は争う。本件事故の態様は、後記二項のとおりである。

二  同二項について。

原告主張の事故の原因は事実に反する。被告は原告のいう芦屋町内を直通する七メートル幅の直線道路左側を自衛隊方面から遠賀川方面に向け進行中、本件交差点約三五メートル手前で左側小路から右道路に進入しようとして一旦停車中の車をみて、被告もその手前で停車した。しかし被告側が優先路であるため相手方から先に通過するよう合図されたので、被告は発進して本件交差点直前の横断歩道まで約三四メートルに進行した。その際前方約十メートルに在る信号機は青であつたので、そのまま時速約二五乃至三〇キロを以て交差点を通過しようと進行を始めた。ところが交差路(幅六メートル)の交差点手前横断歩道から約七メートル北方奥から原告単車が交差点に向い直進侵入しようとして来たのを発見したので、被告は急停車すべく急制動し、漸く八メートルの地点(信号機真下附近)で停車した。しかるにその直前原告車は右折の姿勢をとりつつ被告車の左側後方部に激突し、その場に横転した。右は明らかに原告の信号機無視による交差点進入の事故である(勿論原告進路前方にも赤の信号機があつた)。

三  同三項について。

原告は昭和四七年一〇月二七日頃から既に高血圧、硬化性心臓病に罹患しており、更に本件事故受傷時の検査にても頸部・腰部に変形性背推症が現認されている。原告は当時七〇歳の老人にして昭和四九年五月末日に於て、事故受傷による障害はほぼ治ゆ固定化している。それ以後の各種自訴は右既往症並びに背推症に因るものであり、本件事故とは因果関係がない。

(一) 治療費

1 塩田医院分 認める。

2 渡辺外科医院分 認める。但し、昭和四九年六月一日以後の分は本件事故と因果関係がない。

(二) 入院中雑費

争う。入院一日あたり金三〇〇円が相当である。

(三) 入院中付添費

争う。単価は当時一、二〇〇円が相当である。九日間塩田医院に入院したことは認める。

(四) 通院交通費

争う。

(五) 休業損失

争う。

原告は定職なく、学歴も不明であるから、賃金センサスのとりかたとしては、産業計全労働者六五歳以上現金給与額九一、八〇〇円、年間特別給与二四五、一〇〇円によるべきである。

(六) 慰謝料

争う。

(七) 損益計算

渡辺外科治療費中、自賠責金八〇万円、老人医療から金四四一、七四三円の支払のあつたことは認める。

(八) 弁護士費用

争う。

かりに昭和四九年六月一日以降の各部位についての痛みにつき、これらは右事故によつて既往症が増悪されたものと認められるならば、それによる損害に対しては増悪の寄与率によつて、そのうち三〇パーセント乃至五〇パーセントのみに限定さるべきである。

(抗弁)

一  免責の抗弁

本件事故は、前記のとおり原告の一方的過失により発生したものであり、被告に過失はない。

本件は信号機の設置された交差点に於ける原告赤信号進入、被告四輪車の青信号進入の場合で、しかも被告は時速二五乃至三〇キロ(制動距離八メートルより測定)の低速通過で、かつ原告発見後直ちに急停車の措置を尽し、衝突回避に万全の注意をしている。

また、被告車には構造上の欠陥または機能上の障害はなかつた。

従つて、被告には本件事故につき損害賠償責任はない。

二  過失相殺の抗弁

仮に免責の抗弁が認められないとしても、原告には前記のとおりの重大な過失があつたので、損害賠償額の決定について斟酌されるべきである。

(抗弁に対する答弁)

被告の抗弁事実はすべて否認する。

第三証拠〔略〕

理由

一  昭和四九年一月一五日午後二時一五分頃、遠賀郡芦屋町正門町交差点において、原告運転の自動二輪車(以下「原告車」という。)と被告運転の軽自動車(以下「被告車」という。)が衝突して、原告は路上に転倒し、外傷性脳震とう症、頭部挫傷、右下腿挫傷、両下肢挫傷、腰部、胸部挫傷の傷害をうけたことは当事者間に争いがない。

二  次に、被告が被告車を自己のために運行の用に供する者であることについては、被告は明らかに争わないのでこれを自白したものとみなすべきである。

三  そこで、被告の過失の有無並びに自賠法三条但書による免責の抗弁について検討する。

(一)  いずれも成立に争いのない乙第一ないし第五号証、同第七ないし第九号証、同第一一号証、被告本人尋問の結果並びに原告本人尋問の結果(但し、後記措信できない部分を除く。)を総合すると、次の各事実が認められ、甲第一一ないし第一三号証の各記載、証人上村隆木の証言、原告本人尋問の結果のうち、いずれもこの認定に反する部分は、右乙号各証並びに被告本人尋問の結果に照らし、にわかに措信できず、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。

「 本件事故現場は、遠賀郡芦屋町の自衛隊方面(西方)から遠賀川祇園橋方面(東方)に向う歩車道の区別のある幅員約一二・四メートル(車道部分幅員七メートル)の県道(以下「甲道路」という。)と船頭町方面(北方)から高浜町方面(南方)に向う幅員六・七メートル(両側に路側帯がある。)の道路(以下「乙道路」という。)がほぼ直角に交わる交差点であり、同交差点では信号機による交通整理が行われている。

被告は、甲道路上を被告車を運転して自衛隊方面から遠賀川祇園橋方面に向け東進し、本件交差点西方約二五メートルの地点に差しかかつたが、同地点から進路前方の信号機の表示が青色であるのを確認しながら、これに従い時速約三〇キロメートル以下の速度で進行を続け本件交差点に進入したところ、折から左方乙道路上を船頭町方面から南進して来た原告車がその進路前方の信号機の赤色の表示を無視し、交差点手前停止線で停止することなくそのまま交差点内に進入しようとするのを認め、衝突の危険を感じ急停車の措置をとつたが及ばず、本件交差点東側横断歩道西端線附近で被告車の左側中央部と左折しかかつた原告車の右側前部とが接触して、原告は交差点東側横断歩道の北端附近路上に原告車もろともに転倒し、被告車は同横断歩道上に停止した。なお、右接触による原告車及び被告車の各損傷状況は別紙(一)(二)各図面に表示のとおりである。

被告車には本件事故の原因となつたと認めるべき構造上の欠陥及び機能の障害はなかつた。」

(二)  右認定の事実によると、原告には、自己の進路前方の信号機の赤色の表示に従い本件交差点手前で停止すべき義務があるのにこれを怠り交差点に進入した過失があり、本件事故は原告の右赤信号違反の過失により発生したものといわねばならない。

そして、右認定の事実のもとにおいては、被告の運転には別段非難すべき点は認められず、被告に対し、乙道路上を南進して来る原告車が信号機の表示する赤信号を無視して交差点内に進入することを予測して、予め右異例の事態の発生に対処するための措置をとるべき注意義務を求めることは、自動車運転者に要求される通常の注意義務の程度を著しく超えるものというべきである。

これを要するに、本件事故の発生については被告には運転上の過失はなく、他に右事故の発生原因は認められないのであるから、本件事故は専ら原告の前記重大な過失によつて発生したものといわねばならない。

そうすると、被告は、原告が本件事故によつて蒙つた損害につき、原告に対し民法七〇九条及び自賠法三条本文のいずれの賠償責任をも負わないものである。

四  よつて、原告の本訴請求は、その余の点につき判断を加えるまでもなく、理由がないから失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 森林稔)

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